Lesson3 3時限目 碧海大地のバイオスフィアを造った明治用水

都築弥厚(つづきやこう)は莫大(ばくだい)な私財を投入しながらも水路は実現できず、失意の底で病没(びょうぼつ)します。彼(かれ)の借金は現在のお金で約11~22億円あったといいます。
しかし、弥厚(やこう)の計画は死後40数年を経てよみがえります。
明治7年、岡本兵松(おかもとひょうまつ)、伊豫田与八郎(いよだよはちろう)らが愛知県に計画書を提出。様々な困難を乗り越(こ)えながら、明治12年(1879)1月、ついに明治用水の工事が始まりました。
しかし、弥厚(やこう)の例でも分かるように、水路の開削(かいさく)には莫大(ばくだい)な資金が必要となります。
同じ年の10月に始まった福島県の安積疏水(あさかそすい)(用水)も国費100万円を投じています(『安城市史』より)。
さて、明治用水は国の補助を受けていたのでしょうか?

あなたの正解率

  • 1時限目

  • 2時限目

  • 3時限目

  • 4時限目

一度リセットすると、
回答データが全て消えてしまいます。
リセットしますか?