Lesson3 3時限目 碧海大地のバイオスフィアを造った明治用水

都築弥厚の銅像

江戸(えど)時代の終わり頃(ごろ)、この台地に水路を引こうとした人物がいます。名は都築弥厚(つづきやこう)、造り酒屋を営む豪農(ごうのう)でした。
矢作川から全長約30kmの水路を引いてくるという途方(とほう)もない計画です。しかし、水路さえあれば田んぼができ、たくさんのお米が取れるはずです。
都築弥厚はこの計画が実現したら、不毛の地だった碧海(へきかい)台地はどれくらいの収穫高(しゅうかくだか)(石高(こくだか))になると計算したのでしょう?

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